これは元々、昭和期のビルの袖看板でした。
横浜の下町(中区若葉町)にある昭和期の3階建ての元銀行ビル1棟を、アートプロジェクト「似て非works」とし、空間作品 兼 生活拠点としていました。
2010年~2016年 「似て非works」は、私の二人の子供たちが育ったばしょでもあります。
制作と生活が不可分に存在する空間のありようは、父が経営する町工場で育った、私自身の経験に由来するのかもしれません。
この建物の袖看板を用い、さまようテーブルのような作品として、この場所を象徴したような
{さまよう看板(WANDAERRING BILLBOARD) }が生まれました。
ヌーベルバーグ・レイモン・コシュティエ写真展「ヌーヴェル・ヴァーグの肖像」(アンステューテフランス)2014 ↑
BankART1929 KAWAMATAHOLL 2016 ↑
街中の様々な場所に、テーブルの姿をした元看板がふと現れると、人々の「ゆたかなイばしょ」が出現します。
イばしょのイは居心地の”居 ”、それぞれ異なる”異 ”、相”違 ”でもあります。
居・異・違 を通じて、自身の内面を見直すことができるのが「ゆたかなイばしょ」です。
砕いた廃ガラスを、樹脂で固めた表面は ガラスの粒でゴツゴツしていて、
夕刻にはサインの無い、名も無い看板として光ります。
この看板の物語は、旧新市街地の過去の「元何か」からはじまり、
町の中をさまようと看板として、みなとみらい21エリアにある、オフィス、店舗やマンション、
学校などもあるオープンな歩行軸「キング軸」の新市街地を行き来し、
創造都市横浜WEB版での記事はこちら
普段は、旧市街地(中区末吉町)似て非ん家のエントランスとして来場者を出迎えています。↑
似て非ん家の様子はこちら
「ゆたかなイばしょ」 歩行者天国のある朝(中区相生町桜通り) ↑
「ゆたかなイばしょ」歩行者天国のある朝(中区相生町桜通り) ↑
又、ある時には学びの場として ↓
光る泥団子の様子はこちら
名もない元看板は、移り変わる日常の中の「元何か」の存在に、
自由で豊かな人の創造性に連鎖する為に、さまよい続けます。